
全編通じて見るのは初めての「タンホイザー」、5時間近くの長丁場でしたが、これがもう落涙するほどの感動作でした。わたしがあちこちで書き散らかしているご贔屓バリトンのペーター・マッテイがヴォルフラム役ということで、一時は真剣に渡米まで考えましたが、さすがに叶わずライブビューイングでの鑑賞となりました。タイトルロールのボータの印象がほとんどない位の素晴らしいヴォルフラム!思い出すだけで泣きそうになるほどです。2幕の歌合戦シーンでは一人目から「もうヴォルフラム優勝!」とわたしは心の中で喝采を上げたし、3幕「夕星の歌」には胸がぎゅーっと締め付けられました。直前のエリザベートへおずおずと「わたしではだめですか?」と問うシーンは「エリーザベト、なぜ拒む!?」と言いたくなる程。これ、マッテイじゃなかったらこんなに泣けなかったと思います。
わたしはオットー・シェンク演出のワーグナーはとても好きで、「マイスタージンガー」も最後の合唱シーンは何度見ても泣いてしまうのだけど、この「タンホイザー」もしかり。でもそれは救済されたタンホイザーとエリーザベトにではなくて、ひたすら影に徹したヴォルフラムに対して。真摯に愛に向き合い忠誠を誓う騎士なのに、それと正反対の道を行き、神の許しをも得られなかった友とその恋人を思い続けるなんて誠実な役はマッテイにしかできないと思います。ラストの美しい歌唱抜きではこの物語はここまで感動的に仕上がらなかったことでしょう。
今年の3月に幸運にもMETでマッテイ氏ご本人に会い、ちらっとお話ができたのだけど、10月もがんばって実演を見るべきでした。来シーズン、もしもマッテイがワーグナーを歌うなら、その時は駆けつけたいと思います。