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2017.06.04 Sunday  | - | - | - | このエントリーを含むはてなブックマーク|

シェーンブルン宮殿(ウィーン最終回)

カフェ・ザッハーの深紅の袋を手にホテルへ戻った二人、チェックアウトの12時をちょっと過ぎちゃったけどまぁ大丈夫でしょう、急いでパッキングして出かけなければ!とカードキーを差し込むと、赤いランプが点いてエラー!…チェックアウト時間を過ぎたからですね…。フロントへ行き「すみませーん、あと30分くらいで出られますのでー、ホント、ごめんなさい!」と美しいお姉さんに平謝りすると「いいんですよー」と再びカードキーを使えるようにしてくれました。反省。急いでパッキングをして今度こそチェックアウト。荷物は預かってもらってU4(地下鉄)に乗って世界遺産シェーンブルン宮殿へ。地下鉄と言ってもすぐに地上に出るので風景も楽しめます。

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ウィーンミッテ駅から15分程でシェーンブルン駅に到着です。マリア・テレジアが夏の宮殿として使ったこの建物は結婚前のマリー・アントワネットが15歳まで過ごしたそうです。モーツァルトが御前演奏でアントワネットにプロポーズしたというのもここ。ウィーン会議の舞台もここ。部屋の総数1441室。ツアーではそのうち40室ほどを見学することができました。

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アントワネットの子供部屋、マリア・テレジアの私室、皇帝フランツ・ヨーゼフの書斎、寝室などは当時の家具やリネンまでもがちゃんと残されていてびっくり。王族の食事室も食器類(ほぼフルセット)までちゃんと保存されていました。この国は戦争や内戦に巻き込まれていない分そういう物の保存状態が大変良いようです。これがフランスだと革命時に暴徒と化した民衆の手でかなり強奪されてしまったようですしね。

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宮殿ツアーを出た所でトラムに乗って丘の上にあるグロリエッテへ移動。ここは展望テラスになっています。元々は亡くなった家臣のために建てられたモニュメント。現在はカフェになっています。

      cafe1
高い吹き抜けの天井。ここも良く見ると見事な細工が。

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小腹どころかかなり腹ペコだったわたしたちはビールとGulyas(グーラシュ:ビーフシチューのダンプリング添え、名物料理らしい)で遅いランチ、というか早めのディナー。タコさんウィンナー?と不思議に思いましたが、あとで調べたらグーラシュにはこれが乗ってることが多いみたい。で、これが日本人に合うおいしいシチューで、重いかなーと思ったダンプリングもあっさり食べちゃいました。友人は追加でパンを頼んでたほど。あ、ビールもキリリと冷えておいしかったですよ。お腹も一杯になった所で今度はトラムは使わず、丘の下までは散歩しました。

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「シェーンブルン」は「美しい泉」という意味で、この館を建てる際に泉が発見されたことから命名されたそう。写真の像の下で流れてるのがその泉。

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庭園にある池にいたアヒルカモ(?)になごむ。色がキレイ。この写真を見た友人mちゃんに「さちえちゃんがこんな写真を撮るなんて、よっぽど気持ちにゆとりがあったのねぇ」と感心される。そう、ここはそういう場所なんですよ。

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夕方になり風もだんだんと冷たくなって来たので引き上げることに。ウィーン市街地からそんなに離れていないのに、郊外でのんびり遠足をした気分になりました。楽しかった。写真はシェーンブルン駅。なんだかハンマースホイの絵みたいじゃないですか?とお気に入りの一枚。

再びホテルへ戻り荷物を引き取っていよいよウィーンにさよなら。見送ってくれたドアマンがわたしたちに「これからブタペストですか?」と声をかける。「いえー、彼女はバルセロナへ、わたしはパリに帰ります」と言うと「そうでしたか、良い旅を」と。後で知ったのだけどウィーン+ブタペストって定番なんですってね。再びU4に乗りウィーンミッテ駅経由CATで空港へ。スペインに帰る友人Sとはわたしの搭乗口でバイバイ。わざわざウィーンまで来てくれてありがとう。また遊んでね。


card2泊3日の駆け足滞在のウィーンでしたが、かなり充実した滞在ができました。ウィーンはパリでもロンドンでもNYにもない独特な空気を持った都市でした。なんとなくのんびりした国民気質やその空気。時間の流れ方さえ違うように感じました。なにしろ移民、ホームレスがこんなに少ない欧州の都市は珍しいのでは。オーストリアはマリア・テレジアの時代からなるべく戦争を避け婚姻関係で国力を増強していったので、戦火で失われた文化財や建物がほとんどないというのもすごいことです。街全体もこじんまりしていて、迷うことはほとんどありませんでした。ウィーン一都市滞在だけでも充分楽しめそうな魅力的な場所でした。また近いうちにぜひ再訪したいものです。写真は今回大活躍だったウィーンカード。


パリへ戻るエールフランスは定刻通りに出発してこれまた定刻通りに到着。ウィーンでは半泣きで友人に手を振ったのに、パリに着いたら「ただいま〜♪」という気分になるのだからゲンキンなものです。シャルル・ド・ゴールからタクシーでHotel Brightonへ戻り再びチェックイン。フロントのムッシュは夜遅い時間にもかかわらずフロントデスクを空にしてまでわたしの荷物を部屋に運んでくれました。ありがとー、ムッシュ!後半のステイはTりんさんがルーミーに。帰宅したTりんさんとそれぞれのおみやげカヌレとザッハトルテで夜お茶しながらお互いのプチ旅行の報告会。深夜1時頃就寝。旅程も中盤を過ぎました。明日からまたがんばる!


2008.05.28 Wednesday 00:08 | - | trackbacks(0) | 08 Paris Vienna/ Diary | このエントリーを含むはてなブックマーク|

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2017.06.04 Sunday 00:08 | - | - | - | このエントリーを含むはてなブックマーク|