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2017.06.04 Sunday  | - | - | - | このエントリーを含むはてなブックマーク|

「移動祝祭日 」

アーネスト ヘミングウェイ
新潮社
¥ 620
(2009-01-28)
もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。
'If you are lucky enough to have lived in Paris as a young man, then wherever you go for the rest of your life, it stays with you, for Paris is a moveable feast'

これはアーネスト・ヘミングウェイが若い友人にあてた一文。本書は1920年代、パリのアパルトマンで妻と暮らしていた若き日のヘミングウェイの記録です。実質これが遺作となるわけですが、関わりのあった人物たちが実名で詳細に書かれているため、発刊当時は論議を巻き起こしたとのこと。今読んでみるとそんなたいそうなことでもないのだけど、当時はまだ存命中の人も多かったから大変だったのでしょう。特にスコット・フィッツジェラルドと妻のゼルダについてはかなり詳しく、しかも三章に渡って書き連ねています。昔読んだフィッツジェラルドの本で「パリ時代にヘミングウェイと交流があったものの、最後はけんか別れ」という事実は知っていたけれど、ヘミングウェイの語りでそのあたりの事情が描かれているのが大変興味深かったです。フィッツジェラルドと、というより妻のゼルダとの相性が悪かったのでは?と思ったりもしましたが。
他にも当時のパリの街をイメージさせる記載がたくさんあって楽しかったです。たとえばこれ。土地勘がある方なら「あぁ!」と思うことでしょう。
それから暗闇の中テュイルリー公園を通って帰ったのだが、途中立ち止まって、カルーゼル門越しに前方を見渡した。均一な暗闇の向こうに、暗い庭園とコンコルド広場の灯火が見え、そこから灯火の列がなだらかな昇り勾配を描いて遠く凱旋門にまで達している。ルーブル宮殿を包む暗闇のほうをかえりみてから、私は言った。「三つの凱旋門が一本の直線上にあるって話、本当だと思うかい?前方に見える二つの門と、ミラノのセルミオーネ門のことなんだが

パリで暮らしたことはないけれど、この一節だけでこの街への望郷の念に駆られてしまいます。なんでこんなにパリに惹かれるんだろう?と自分でも不思議だったのですが、「その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。」とヘミングウェイに言われてしまったら「あぁ、そうだろうな」と思っちゃいます。人によってはパリではなく、ウィーンだったり、NYだったり、京都だったりするのでしょうね。ともあれ文豪が回想するパリでの日々はキラキラと輝きながらも、ちょっぴり心が痛む日常だったのでした。
2009.02.21 Saturday 00:59 | - | trackbacks(0) | Books | このエントリーを含むはてなブックマーク|

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2017.06.04 Sunday 00:59 | - | - | - | このエントリーを含むはてなブックマーク|